明けましておめでとうございます。
*。:.゚アケマシテヽ(´∀`)ノオメデトウ゚.:。+゚

milkshopDELI
(株)チャント
代表取締役 倉元靖武です。



実は私、東京生まれ東京育ちでして
実家は今、埼玉県にあります。

この正月も埼玉へ帰省してきた訳ですが…

44歳の僕にも、まだ一人祖母が健在。
なんと、102歳!

昨年末、ちょっと体調を崩し
容態が心配だったので

埼玉の施設で暮らす祖母の様子もみてきました。


母の話によると、時折記憶が曖昧になり
誰が誰だかも怪しくなるとか…

まぁ、102歳ですから無理もありません。

とはいえ弱った祖母の様子を見るのも
ちょっと恐い…

恐る恐る面会を待っていると

Σ(゚д゚lll)



「よっ!よく来たな!」

とでも言い出しそうなくらい
元気!((*´∀`*))

まぁ~しゃべる、しゃべる




僕ら夫婦のことも、ちゃんと認識していて



「商売は順調かい?」

なんて言い出す始末。


実はこのばあちゃんも商売人で
僕の商売人の血は、このばあちゃん譲り。


今から80年前くらいでしょうか?
ばあちゃんが嫁いだのは代々続く
埼玉の田舎町の酒屋でした。

でも時代は、戦時中。

若い男は皆、戦争に駆り出されます。



この写真は、ばあちゃんの義弟の出征時のもの。

一番右が、ばあちゃんです。

ここには、じいちゃんは写っておらず、
二人の弟と両親。そして(僕から見た)
幼い叔父、叔母が写ってます。

まだ、母が生まれる前のものだそうです。

そして、じいちゃんがこちら



僕は、もちろんのこと
母も軍服姿のじいちゃんしか見たことがありません。

激化する太平洋戦争の最中
ばあちゃんは、旦那と二人の弟を戦争で亡くします。

しかも、義父・義母ともに病気で亡くし
さらに、幼い娘(僕の母の姉)も病気で…

一年で、5人の葬式を1人であげたといいます。



戦争が終わり
嫁いだ酒屋に残されたのは

ばあちゃんと長男・長女
そして幼い母の4人だけ
となりました。

ばあちゃんが、母を産んだのが確か30歳…

ばあちゃんは、30歳で
3人の子供を抱える未亡人となり

女手一つで、3人の子供を
戦後の混乱の中、酒屋を営み脇目も振らず
腹を満たすため、逞しく畑を守り
育てたのです。

これが、おらいの
がばいばあちゃん!



僕がサラリーマンを辞め、
商売人になったのを

一番喜んだのも
このばあちゃんでした。


昨年、僕がもっとも影響を受けた経営者
いや、商売人が

看板のない居酒屋で有名な


(※「看板のない居酒屋」の記事はコチラ

岡村佳明社長です。

岡村社長の経営美学とも言うべき“商い道”は
全てお母さんから学んだ
といいます。

図々しくも、直接静岡に押しかけて
腑に落ちたのは

●著書で読んだもの。
●直接岡村社長の肉声から学んだもの。

を遥かに凌駕する
お母さんの存在感でした。


(※その様子はコチラのGalleryで)


2016年1月2日

何が驚いたかって…

うちのがばいばあちゃん

岡むら母さんの教え
全く同じことを言うのです!!!
Σ(゚д゚lll)



それは…

NHK“プロフェッショナル仕事の流儀”
オープニング風の動画にまとめましたので
こちらをご覧ください!(約3分)
    ↓↓↓

(※画像クリックでYouTubeへ)



ることがしい」と書いて

有難い


ばあちゃんの半分も生きてないひよっこ
修行がまだまだ足りていないけど…

ばあちゃんの生き様を目の当たりにし
ばあちゃんの商売の極意を胸に

2016年も
精進します!(>_<)



ばあちゃん、ありがとう!






本年もよろしくお願い致しますm(_ _)m


では、また 



 
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